アニメ・漫画・ゲーム規制問題 覚え書き

アニメ、漫画、ゲーム規制問題について考えてみる。

アニメ・漫画・ゲーム規制について

「アニメ等のいわゆる萌え系美少女キャラクター(萌えキャラ)の表現を児童ポルノ規制で取り締まれという・・・」

 

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このようなものが子供を性の対象とする風潮や性犯罪を助長し、また子供の権利を侵害しているとして「児童ポルノ」として取り締まれという。

萌え絵に慣れ親しんでいる日本人からしたら、正直、「なんのこっちゃ」である。

日本には萌えキャラを恋愛性愛の対象とする「萌え文化」が発達している。

‟萌えキャラ”は現実の人間とは外見デザインがかけ離れている(似て非なるもの)。

萌え文化は(そうした現実の人間とは姿かたちのかけ離れたデザインを前提とする)萌えキャラそのものが目的化していて、現実の人間に代替不可能であり、現実の人間から独立した概念であり現実の人間に紐づけされた存在ではない。両者は断絶している。

その‟萌えキャラ”に児童ポルノ規制を適用し取り締まることにいかなる合理性があるというのだろうか? 著しい飛躍と言わざるを得ない。

 

 「でも児童性犯罪が起きると容疑者宅から決まってアニメ漫画の類のものが押収されているのでは・・・・?」

 

 アニメ漫画関係のものが押収されるとセンセーショナルに報道されるのでそういう印象を持たれてしまうのではないだろうか。
実際にはアニメ漫画関係のものがまったく出てこないケース、普通の成人ポルノ、AVが押収物の大半を占めているケース、結婚して普段妻と普通にセックスしてるような男性が児童に性犯罪犯すケース・・・等々様々なケースがある。

世の中の性愛は児童性愛か成人性愛かという枠に収まらない、様々な文脈の嗜好、性癖で溢れている。
対象に成人と子供の垣根のない嗜好・性癖は無数に存在する(一人のレイプ犯の被害者が一桁から50代と多岐にわたっていることは珍しくない。また子供に性虐待・性犯罪行為を犯す人間の大半は普段成人女性と普通にセックスする父親等身内の身近な男性である)。

だから、児童に対する性犯罪事件といえど容疑者宅からは成人女性のポルノ・AVなども普通に押収される。

しかしそれらが報道されることは滅多にない。

ただ「子供への性犯罪」と「アニメ等萌え系コンテンツ」だけをセットで大々的に報じ、児童性愛とアニメ等萌え系コンテンツにあたかも排他的、密接なつながりがあるかのような悪質な印象操作を繰り返す。

 

 ★女児誘拐犯がアイドルおたくと判明 するや 、マスコミ各社必死に隠蔽。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1846607.html

 

 

児童ポルノ規制文脈で‟萌えキャラ”表現を論じるのはナンセンスである。

 

  児童性愛とは専ら児童にしか性愛感情が向かない性的指向で、成人女性やアニメキャラでは代替できない指向である。

 

小児性愛者の脳は子どもの顔に異常な反応を示す
https://www.livescience.com/45811-pedophiles-brains-scanned.html

 

子供に対し性犯罪犯したとしても、その人物にとって成人女性やアニメキャラも性愛対象となりうるのであれば、それはもう児童性愛とは別の文脈の性愛によるものと解すべきであろう。

成人女性と普通にセックスするような男性がその欲望を子供に向けることがあるのと同様、アニメキャラと現実の人間にまたがる嗜好を持つ人間がいても不思議ではない。アニメキャラに性愛感情を抱く者が現実の人間に対しても性欲を抱く場合、その対象は子供に限定されないケースも少なくない(大半が成人であるコスプレ女性を追い求めたりする等)。

児童ポルノ規制文脈で‟萌えキャラ”表現を論じるのはナンセンスである。

 

 同じ現実の人間同士である以上、萌え系キャラクターなんかよりも現実の女性のほうが現実の子供にはるかに近い存在である。
規制のプライオリティは萌え系キャラクターよりも成人女性に対する欲望のほうがはるかに高いことは言うまでもない。

もし萌えキャラ表現に規制云々をいうのであれば、その前に成人に対するものを含めた現実の性欲そのものがすべて否定されなければならないだろう。 

 

「なぜ萌えキャラを児童ポルノ規制で取り締まれなどという荒唐無稽な主張が繰り返しなされるのか?」

 

  冒頭で触れた、子供を性の対象とする風潮や性犯罪を助長し、また子供の権利を侵害してるとするのはもちろん方便だろう。

実際のところは、‟萌えキャラ”の存在そのものが目障りなので排除したい、ということに尽きるのではないか。

 

――児童ポルノ規制に存在しない青少年を加えるという都条例改正案が出た時点で、この本を企画されたのですね。
大野 そうですね。3月に「非実在青少年」を規制するという言葉だけを聞いたとき「何でそんなものが規制されるんだ?」とびっくりしたわけです。「非実在青少年」なんて名称が出ているということがまずおかしかった。それと同時に、この問題を追っていくと、キャラクターって何なのということがわかるような気がしました。
――それはおもしろい発想ですね。確かに今回の改正案で規定されているのは、キャラクターですね。
大野 そうなんですよ。新聞やネットで「規制に反対する」「賛成する」というそれぞれの意見を見ていると、架空のキャラクターに対する考え方の違いがはっきり出ていると思うんです。これまでの規制は、マンガの規制、ゲームの規制、テレビの規制というジャンル分けができたんだけど、こんどの規制は「非実在青少年」=キャラクターが出てくるすべてのジャンルが関係しているわけです。つまり、都条例の改正はキャラクターに対する規制なんです。おそらく、マンガに対する規制だけならこういう本はつくらなかったと思います。
――“キャラクター”というものへの興味は前々からあったのですか?
大野 これは「手塚治虫ってなんだったのか」というぼくの編集者としての根源的テーマにつながるんです。おそらく、こういう問題は日本にしかないと思う。外国にはポルノ規制はあっても「非実在青少年」という言葉が出ることはないんじゃないでしょうか。手塚さんがキャラクターをリアルに悩ませ、生々しい存在感を与えることがなければ、キャラクターを規制の対象にすることはおきなかったと思うんです。
――なるほど。生々しい存在であるキャラクターが性の対象になるのが許せない、という人たちも出てくるわけですね。むしろ、規制賛成側の人たちが、現実とマンガやゲームの区別がついていないのかもしれません。

「【まんが最前線】“キャラクター”を規制したいという欲望 『非実在青少年○読本』編集人・大野修一さんに訊く」より‏