アニメ・漫画・ゲーム規制問題 覚え書き

アニメ、漫画、ゲーム規制問題について考えてみる。

アニメ・漫画・ゲーム規制について

アニメ、漫画、ゲームの性的表現をも児童ポルノ規制法の対象にして取り締まれという主張がある。それらが「現実の女児ないし未成年女子を性的対象にするような社会風潮を助長し、性的搾取、性虐待、性犯罪の被害者にしかねない」からだという。

これに対し、「表現の自由」の侵害である、あるいは、児童ポルノ規制法は被害児童の保護救済を目的とした個人法益に基づくものであるから被害者の存在しない漫画アニメゲームの規制は不適切であるといった反論が規制反対派から試みられているが、こういった反論は正直ナンセンスである。

表現の自由も無制限に認められるものではない、公共の福祉に照らして制限されうる表現もある」(規制推進派)のは事実であるし、児童ポルノ規制法も保護法益を個人法益に限定するとは謳っていない。

「・・・確かに、今回の法律というのは一次的には実在の児童の保護を目的としているというのは、私は明らかだと思っております。しかしながら、一次的な保護法益以外にも、例えば善良な性風俗というものを二次的な保護法益として加えるということは、刑法などの法律を見ても可能だと私は思っております。ですから、今回の児童ポルノでも、実在の児童の保護を目的、プラス、やはり善良な性風俗というものもあると見て、漫画、アニメ、CG等における児童ポルノも処罰していく方向であるべきではないかなと思っているんですけれども・・・」(国会、法務委員会での維新のある女性議員の発言)

こうした主張に対して、児童ポルノ規制法は保護法益を個人法益としているという反論をいくら繰り返しても全く有効ではない。

法益が云々より「構成要件」に着目すべきだ。
児童ポルノ規制が対象である現実の児童、未成年者を介さず、ただ「外観」のみによって判断されるものも含むという方向に拡大されたなら、どのようなことが起きるだろうか?

幼いルックス、低身長、その他諸々の子供っぽいパーツを有する成人女性はどう扱われるのか。
残念なことに、幼いルックスの女性の出演するAVがすでに規制推進派団体らによって「児童ポルノ」であるとして糾弾される事態が発生している。
そうした女性たちは、AVやポルノ出演の禁止にとどまらなくなる。現実の女児、未成年女子を性的対象にするような社会風潮を助長し、性的搾取、性虐待、性犯罪の被害者にしかねないのであれば、彼女らは恋愛、結婚もセックスも禁止されなければならなくなるだろう。

欧米の男性は大柄な人が多いが、欧米男性と日本人女性のカップルは絵ヅラ的にはまるで小児性愛者が女児を連れてるみたいだ、小児性愛だけしからんということになるだろうか?

男女平等が謳われて久しい。こうしたことは「あるべき成人女性の姿」を規定し女性にそれを押し付ける女性差別の最たるものだ。時代に逆行する。
そもそも、成人の女性に向かって、貴方は子供っぽく見えるから子供だなんて理屈は成り立たないだろう。
児童ポルノ規制法が「現実の女児、未成年女子を被写体とすること」を構成要件としているのは明らかだ。外観は構成要件たり得ない。

 

中国系「児童」行方不明事件、実は孤児を装った大人の密航者だった?

http://www.recordchina.co.jp/b32506-s0-c00.html

本物の小学生はどれでしょう?

http://rabitsokuhou.2chblog.jp/archives/68191785.html

まるで児童ポルノ セレーナ雑誌表紙に批判集中

https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/369654/

 日本ユニセフアグネス・チャン氏は漫画アニメゲームを児童ポルノだとし規制せよと息巻いていたが、同じくユニセフ大使を務めるセレーナ・ゴメス氏が児童ポルノに見えるとして糾弾されたのはなんとも壮大なブーメランである。

 

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海外セレブの間で日本のランドセルが流行。画像は女優ズーイー・デシャネル氏。

ランドセルを身にまとったAV女優が出演するAVが児童ポルノだと糾弾されたが、そもそもランドセルを使用しているのは日本だけだという。学校や制服といったアイテムは文明によって後付けされたものであり、普遍的なものでないし、児童性愛の本質とは異なる。児童ポルノとして取り締まることに何の意味があるというのか?

 

アニメ、漫画、ゲームのいわゆる美少女キャラクターに関して言えば、
“キャラクター”にはもともと性格、特性、登場人物・・・といったさまざまな意味があるが、日本のアニメ(ゲーム)キャラクター(美少女キャラクター)は現実の人間とはデザイン外観もかけ離れ現実の人間から切り離されたひとつの独立した概念として確立され、またそのように社会的にも認知されている。一つの文化(キャラクター文化、萌え文化)を形成している。

それらと現実の女児ないし未成年女子とのつながりは極めて希薄である。

萌えキャラはアニメや漫画の中で設定上の女子小中高生といった属性が持たされようと、女子小中高生である以前に萌えキャラなわけで、属性(アイデンティティ)のウエイトは

「萌えキャラ>>>>>>>>>>女子小中高生」である。彼女らにリアル女子小中高生成分なんて殆どない。

規制推進派が美少女キャラクターと現実の女児、未成年女子とを重ね合わせて規制を主張するときの態度はどこかぎこちない。彼(女)ら自身主張のおかしさを自覚しているからだろう。

いずれにしても美少女キャラクターの表現を規制することは何の合理性もなく、いたずらに愛好家に対する人権侵害(幸福追求権等)を引き起こすだけでしかない。もちろん前述の児ポ法の構成要件に照らしても規制などありえないのは言うまでもない。


実際子供への性犯罪事件で容疑者宅からアニメや漫画の類のものがよく出てくるではないかという反論もあろう。

しかしながら、美少女キャラクターを好む嗜好と現実の女児・未成年女子を好む嗜好には明らかに相関性もなければ親和性もない。それは美少女キャラクターのデザインが現実の女児・未成年女子とは全く違った方向性へと進化していることを見れば明らかである(たとえばアニメオタクとアイドルおたくはかなり棲み分けられていてファン層はほとんど重ならないとされる)。

それでも中には両者に性的な関連付けする人間もいるだろう。だがもうそれは子供そのものを目的とした欲望とは違うよね、って話。
美少女キャラクターと現実の女児・未成年女子との間にのみ排他的に存在しうる関係性ではない

 

子供への性犯罪の多くは身内の大人(父親だったり継父、内縁の夫)によるものが多い。
彼らは一般的に「成人女性」を性的対象にすると見なされている。その彼らが子供に性犯罪、性虐待を犯すというのは、単にストライクゾーンが広いという単純な話ではない。
そもそも性というものがものすごい多様性を持ったものであり、対象の年齢というものは一つの要素にすぎず、少なからぬ男性にとって性的対象に子供と大人の垣根はない。

一人の強姦犯による被害者の年齢が一桁から50代に渡ってたというのはよくあることだ。

世の中の男性(あるいは女性も含め)は小児性愛者と成人を性対象にする者に大別され、小児性愛者が児童ポルノによって刺激を受け子供に性犯罪を犯しかねないというのは規制推進派の偏見、思い込みにすぎない。

(強力効果説を支持するわけではないが、仮に影響を論じるなら)成人ポルノの内容を子供に実践するというパターンだって当然考えられるし、もっと言うなら成人同士のカップル、夫婦のセックスが子供への性虐待となんらかのつながりを持つとさえ言えるだろう。

キャラクター愛好家の中にだって、キャラクターと“成人”声優、“成人”コスプレーヤーとを結び付ける人もいるだろう。

美少女キャラクターと現実の女児・未成年女子“だけ”を切り取って、両者の間にさも強い関係性があるかのように見せるのは悪質な印象操作でしかない。

 

ところで、相手が専ら子供しか受け付けないというのが小児性愛であるが、小児性愛だけ切り取って糾弾して制圧することに何の意味もないというのもこれまで書いた通りだ。
小児性愛とは違う広義のフェティッシュな性欲も子供をも欲望の対象とする。

 小児性愛者には別に児童ポルノでなくとも普通に服着ている児童だってじゅうぶん性的刺激になるだろう。

小児性愛者の脳配線に違い。小児性愛者は子供の顔に反応する。

http://maash.jp/archives/25577

そうした中、児童ポルノさえなくせば子供を欲望の対象にする風潮をなくせるとか妄想し挙句全く無関係の美少女キャラクターの表現まであげつらって、お花畑脳もいいところである

 

そもそも性犯罪と性的指向(嗜好)は違う。金銭欲があるからと言って普通の人は強盗もスリもおこなわないように。

小児性愛者に限らず、いかなる性的嗜好、変態的と言われる性癖をもつ人間も社会と折り合いをうまくつけながら日々生活している。

子供を模したラブドールを所持したことでカナダ人男性が児童ポルノ法で逮捕されたことがあったが、バカバカしい限りだ。
子供性愛者だとしても社会に害を与えないそうしたものでソフトランディングを図らせるのが理にかなっているのではないか。
効果もはっきりしない薬物療法やら医学精神療法とやらで性を抑圧すれば反動でどのような副作用が出るか分からない。そのほうがはるかに危険だ。

 

児童ポルノ規制は子供の性的搾取を防止するという観点で導入された。未成年者を性風俗産業で使役するのは倫理上問題がある、ということに国際的なコンセンサスはできている。
しかし、実際の子供が介在しないコンテンツまでを児童ポルノとして取り締まるというのは明らかに飛躍であろう。

子供を性の対象にするという社会風潮を抑えようというのは要するに個人の価値観、嗜好にまで国家が踏み込むということ。民主主義社会では決して許されないことだ。

小児性愛だけ切り取ってスケープゴートにしたところで何の意味もない。

規制推進者たちの主張を認めれば、しまいには世の中から子供も大人も、あらゆる性欲をも消し去らなければならなくなるだろう。